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国語・ことば アーカイブ

2008年06月22日

おなかが減った?

なんか最近、変な日本語を使う人が増えているなぁ。
「おなかが」なら「すいた」、「減った」なら「腹が」だろ、

なんて思っていたら、ちびまる子ちゃんの主題歌(おどるポンポコリン)のラストが
「お~なかがへったよぉ~」であることを思い出しました。

ちびまる子ちゃんのテレビ放映開始は1990年1月。「おどるポンポコリン」は初代エンディングテーマ曲(2001年以降はオープニングテーマ曲)です。ということは、その当時から「おなかが減った」という言葉を使う人が相当数いたということになります。

二つの慣用句が混ざり合った誤用の例としてよく挙げられるものに「的を得る」があります。「的を得た質問」に「的を得た回答」など、この表現を使う人はとても多いのだけれど、「的を射る」、あるいは「当を得る」が正しい表現だとされています。

ちなみにATOK(日本語変換)で「まとをえる」と打ち込むと、
《「的を射る/当を得る」の誤用》と注意書きが表示されます。

試しに「おなかがへった」を変換させてみたら、このような注意書きは出ず、
そのまま「お腹が減った」と変換されてしまいました。
既に市民権を得ているということでしょうか。

でも、やっぱり気持ち悪い。
「お腹がすいた/腹が減った」の誤用だと思います。

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以下、6月25日に追記

「おなかが減る」について調べていたら、有名な童謡が引っかかりました。

「おなかのへるうた」
阪田寛夫作詞・大中恩作曲

どうして おなかが へるのかな
けんかをすると へるのかな
なかよししてても へるもんな
かあちゃん かあちゃん
おなかと せなかが くっつくぞ

どうして おなかが へるのかな
おやつをたべないと へるのかな
いくらたべても へるもんな
かあちゃん かあちゃん
おなかと せなかが くっつくぞ

この作品の発表は昭和35年10月。
この当時から「おなかが減った」という表現が使われていたことになります。
「はらがへるのかな」では子どもらしさに欠け、
「おなかがすくのかな」では語感としてメロディに乗りにくい。
そんな事情もあったのかもしれません。
「サッちゃんはね サチコってゆうんだ ほんとはね」で始まる
「サッちゃん」(昭和34年発表)も阪田寛夫さんの作品です。

2009年11月21日

晩ご飯?夜ご飯?

最近、「晩ご飯」といわず、「夜ご飯」という言葉を使う人が増えたように思います。

気になったので、日本国語大辞典で調べてみました。
「ばんごはん」はありますが、「よるごはん」という項目はありません。
やはり、最近になって使われるようになった言葉のようです。
ちなみに、「ばんごはん」の意味は「晩の食事。夕食。」でした。

そこで、次は「晩」と「夜」を同辞典で引いてみました。

「晩」は、
「(1)夕方。夕暮れ。また、夜の意。(2)「ばんめし(晩飯)」の略。」

これに対して、
「夜」は、
「日没から日の出までの時間。太陽が没して暗い間。夜間。よ。」

ということは、まず太陽が西に傾いて、西の空が赤く染まるのが「夕方」で、
その夕方から、日が落ちて辺りが暗くなっていくまでの時間帯が「晩」、
そして、日が完全に沈んでしまってからが「夜」だということになりましょうか。※

だとすると、「晩ご飯」という言葉を使う人の数が減り、「夜ご飯」という言葉を使う人が増えたのは、単に語感の問題にとどまらず、日本人の生活が、次第に夜型になっていることの現れかもしれません。子どもは塾やお稽古事、親は残業で帰宅が遅い。ご飯を食べるのは夜の9時、10時。

そういえば、私もそういう生活を何年もしています。まさに「夜ご飯」です。
「晩ご飯」を食べるのは、旅に出て旅館に泊まったときくらいでしょうか。

人々の生活の変化に伴い、言葉は少しずつ変わっていきます。
でも、言葉はまた、先人たちの生活の中から生まれ、日々使われることを通して、
現代にまで受け継がれてきたものでもあります。そのような意味で、
言葉には、これまでこの国に生きた、たくさんの人々の生の営みが染み込んでいる。

朝日と共に仕事に行き、夕日と共に家に帰ってご飯を食べ、床に就く。
そんな昔の人の生活に思いを馳せながら、
「晩ご飯」という言葉を大切に使い続けていきたいと思います。

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※日本国語大辞典の説明によると、夜はさらに細かく3つに分けられ、日が暮れて間もないころを「宵」、それ以降を「夜中」。丑の刻と寅の刻の間の時刻(午前3時頃)を過ぎると「暁」というのだそうです。

2013年11月25日

飛んでけー

子どもが、何かにぶつかったり、転けたりして泣いたときに、
「いたいのいたいのとんでけー」をやってあげています。
普通にやるのではなくて、こんな感じで、

いたいのいたいのー
どっち?

子どもは、
うーん、といいながら考えて、
あっち、と指差します。

オーバーアクションで、
よーし、飛んでけー

そして、
どう?飛んでいった?
と聞くと、

うん。飛んでった。バイバーイ。
飛んでいった方向に手を振っています。

どっちに飛んでいかせるかを考えている間に、
痛みも気持ちも紛れるのでしょう。
でも、本当に飛んでいったように感じているみたいです。

2014年04月29日

いろはにほへと

「いろはうた」(伊呂波歌)について考える。

色は匂えど散りぬるを、
わが世誰(たれ)ぞ常ならむ、
有為(ゐ)の奥山今日(けふ)越えて、
浅き夢見じ酔(ゑ)ひもせず

仏教の「諸行無常、是正滅法、消滅滅已、寂滅為楽」の訳だといわれているけれど、
そんな悟りの境地には、とうてい至ることができないので、もう少し、俗っぽく解釈してみる。

以下、クボヤマ勝手訳

あらゆるものは移り変わり、永遠に続くものなど何もない。
自分のものだと思い込んでいる物や財産、地位、友人、
何もかもが、時の流れとともに、わたしから離れ、消えていく。
この命も、例外ではなく、いつまで生きられるのかもわからない。
物やお金、名誉やプライドなどに執着するのを止めよう。
叶いもしないことに期待して、現実にイライラしたり、
目先のことに捕らわれて自分を見失ったりすることなく、
これからの日々を過ごしていこう。

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