メイン

雑感 アーカイブ

2006年09月13日

タイトルについて

「It's fine today!」はマイクテストに使われる決まり文句。
日本語では「本日は晴天なり」です。

詳しくは↓のサイトなどを。
http://www3.kcn.ne.jp/~jarry/jkou/ii099.html
http://skmwin.net/archives/000067.html

2007年01月09日

本当の男らしさ

刑事コロンボなどでお馴染みの、俳優ピーター・フォークさん。
あるインタビューで、「本当の男らしさとは」という質問に、こう答えたそうです。

「十代の少女の心、少年の目、スポーツマンの脚、そして大人の精神だ。」

思い返して今の自分。どれも欠けている気がします。
とりあえず、スポーツマンの脚あたりから頑張ってみるかな。

2007年06月11日

追い求める金は隷属への手段

ジャン・ジャック・ルソーの言葉

「所有している金は自由への手段となるが、
追い求める金は隷属への手段としかならない。」

ルソーの言葉と若干趣旨は違うけれど、
大学時代のバイト先で、社長が言っていた言葉を思い出しました。

「金儲けのことばかり考えていると、結局金に振り回されて時間を無駄にする。
きちんとした仕事をしていれば、金ってのは後から着いてくるもんなんだよ。」

2007年10月25日

これを楽しむ者に如かず

「これを知る者は、これを好む者に如かず。
 これを好む者は、これを楽しむ者に如かず」
(孔子)

趣味も、仕事も、勉強も、なんでもかんでもすべて。

大学院に入学して1年半。
3年間のコースなので、いよいよ後半戦です。
周りを見回してみると、やっぱりいるんだなぁ。楽しそうに勉強している人が。
自分もそうありたいんだけど、でも、朝起きると頭痛が、腹痛が…。

※如(し)かず=及ばない

2007年11月24日

ありがとう。

西千葉から千葉シティバスに乗る。
このバスは首都圏では珍しく後乗り。
お金を払って前から降りるスタイル。
降りるときに運転手さんに挨拶できるのが嬉しい。

運転手さんは利用してくれてありがとう。
こちらは安全に運んでくれてありがとう。
二人で同時にありがとうございました,という。
いい気持ち。

子供のころから,ちゃりんとお金を入れながら,
「ありがとうございました」と言ってバスを降りるのが習慣になっていて,
大学生になって,初めて東京のバスに乗ったときに,
なんかとても寂しく感じた,20年前のことを思い出しました。
みんな黙ってバスに乗り,黙って降りる。
今,それに慣れてしまっている自分が悲しくもあります。

2008年03月06日

無用の用

カセットコンロの使用済み缶を捨てようと穴をあけていたら、ぷーんとガスのにおい。
なんだ、まだ残っているじゃないか、と思った瞬間、
荘子の言葉が頭に浮かびました。

「無用の用」

カセットコンロやスプレーの缶からガスが出るのは、
缶の中の気圧が外の気圧よりも高いから。
私たちのいる地上の気圧は1気圧。
だから、缶の中の気圧が外と同じ1気圧になったら、
平衡が保たれ、中の気体は外へ出なくなる。
つまり、最後の1気圧分のガスは、缶を宇宙空間(真空)にでも持って行かない限り中に残ったままなのです。

でも、永久に使われることのないこの1気圧分のガスのおかげで、
私たちはカセットコンロやスプレー缶を使うことができるのです。

注意:ガス抜きの際に湯沸かし器や風呂釜の火が引火してケガをする事故が多いそうです。お互い気をつけましょう。自治体によっては穴をあけずにそのまま捨てるよう定めているところもあるようです。

2008年11月30日

明窓浄几

天気が良いのでカーテンを全開にしてみました(寒いので窓は閉めたまま)。
外は快晴、いい天気。向かいの家の庭木が、いい感じに赤く色づいています。

今日みたいな良い天気の日。中野に住んでいた頃は、
「こんなに天気がいいのに、部屋に閉じ籠もって仕事しなけりゃならないなんて…」
と悲しく憂鬱な気持ちになっていたのだけれど、

今の部屋は開放感があって、
また、北側の柔らかい光が優しく部屋を包んでくれているせいか、
天気がいいと、机について本を読んでいても、とても気持ちが良いのです。

この家に引っ越してくる際、大きな窓が勉強の邪魔になるかもしれない、
なんて思っていたけれど、そんな心配は無用でした。

2009年06月12日

北風と太陽

私が学生だった20年ほど前のこと。
北九州市内にこんな献血ルームがありました。

入口のボードには、
「献血する人もしない人も、学校の帰りに遊びに来てね。」

待合室には高校生がいろいろなことを書き込むノートが、
大きなテレビの隣には、話題になった映画のビデオや雑誌などが置いてありました。

夕方は高校生でいっぱい。
映画を見る子、雑誌を読む子、
部活帰りにジュースを飲みに寄る子や、
違う高校に行った友達との待ち合わせに使っている子もいます。

献血もこの時間帯は順番待ち。看護師さんたち大忙し。
あなたは〇日に献血したばかりだから、次は〇日以降にね、
なんて説明を受けている子もいます。

元気と血液の有り余っている高校生たちが、ワイワイ集まっているところ。
そんな場所でした。

このルームが特殊だったのかもしれませんが、
東京の献血ルームに私は未だに馴染めません。

なんか暗いのです。
空気が重いのです。

たかだか数百ミリリットルの血液を抜くだけなのに、
物凄く特別のことのように感じるのです。

自分の命を懸ける覚悟で人助けに挑むというか、
そこを通る度に勇気や人間性が試されているというか、

要するに敷居が高いのです。

駅前の献血ルーム。
今日も、いつものおじさんが大きな看板を持って、悲痛な声で叫んでいます。

「A型、AB型が不足しています。
御協力お願いします。ぜひ、ぜひ~」

歩いている人はみな、おじさんと目が合わないように、
忙しいフリをして通り過ぎます。

あなたがそこに立っているから、若い人が入りづらくなるんだよ。
って教えてあげたくなるのです。

2009年06月26日

わからないということ

文学部に所属していた学部生の頃、
演習というクラスで、毎回教授が文学作品を一つ指定し、その作品について、
その回を担当する学生が発表するという授業が行われていました。

私の担当回に課題となっていたのは、ジェイムズ・ジョイスの「死者たち」。

あらかじめ担当作品は決められており、しかも短編だったので、
何度も何度も繰り返して読みました。
でも、何度読んでもこの作品のどこが良いのかわかりません。
もちろん、なんとなく「良さ」はわかる気はするのだけれど、
それを言葉にしようとすると、すべて嘘っぽくなってしまうのです。

図書館に行って、ジョイスやこの作品について書かれた批評を何冊も読んでみるのだけれど、どうしても違和感を感じてしまいます。
文献の重要そうな箇所をノートに書き出してみても、徒労感が残るばかり。

発表の当日、叱られることを覚悟でO教授の研究室へ行きました。
作品を何度も読んだこと、作家や作品についての批評も調べたこと。
でも、どうしても自分にはこの作品の良さがわからない、
なぜに高く評価されているのか理解できないということを素直に伝えました。

教授は、作品の内容や、主要な文献について、私にいくつか質問をしました。
そして、こうおっしゃいました。

君がこの作品をしっかりと読んでいること、
文献をいろいろと調べてくれたことはわかりました。

学生たちの多くは、作品を読んで、そして、それについて書かれた批評を読み、
わかった気になって、いろいろとものを言ったりする。
それは他人の感覚であり思想であるのに、
あたかも自分のものであるかのように勘違いしてね。

もちろん、そうやって背伸びをしていくのも大事なこと。
でも、君のように、いまの自分にはこの作品はわからない。
批評を読んでもしっくりこない、という感覚を持ち、
その感覚と向き合うことも大切。
それもまた文学を学ぶということです。

君は、その「わからない」という感覚を大事にしてください。
今日は私が講義をしましょう。

その日の授業では、O教授がジョイスとこの作品について講義をされました。
一言も聞き漏らさないぞ、と思って聞いたのだけれど、
やっぱり私にはわかりませんでした。

でも、この日、最も大切なことを先生に教えていただいた気がしました。

2009年12月16日

帰る場所

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ

石川啄木の歌です。
高校生の頃からこの歌が好きでした。

大人になって、いろんな経験をして、
この歌の本当の良さが、だんだんとわかってきました。
もちろん、啄木が意図したものとの違いはあると思います。
私なりの解釈です。

まだ20代の頃、中学受験の塾で講師をしていたことがあります。
そこで、子どもたちのお母さんやお父さんと、
面談と称して、お話をする機会がしばしばありました。

わざわざ受験をしてまで私立の中学校に子どもを通わせるなんてことは、
地方出身の私には、いまひとつ理解できないことでもあったのですが、
そのようなことを考えるお母さんには、やはり教育熱心な方が多く、
子どもの「学習管理」や「成績管理」を厳しくこなしていらっしゃいました。

そんなお母さん方を見ている内に、だんだん私自身が辛くなってきました。

冒頭の歌を、ひっくり返すと、こんな感じになりましょうか。

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
家に帰ると
妻からもダメ出し

こんな「妻」(家族)とは生活したくありません。

たとえば、テストで悪い点を取った子どもがしょぼくれて帰ってくる。
ここで、「次はもっと頑張ろう」なんていって励ましたら、
今、その時点でのその子の存在を否定することになってしまいます。

「家族」は子どもにとって、とても大事な「帰る場所」なのです。
自分の存在を無条件に認めてもらえる、唯一の場所。
それを失ってしまった子どもたちは、「帰る場所」を探し求めて放浪することになる。

いいよいいよ。勉強なんかできなくても。
ダイジョウブダイジョウブ。元気でいるのが一番さ。

大人もしかり。

いいんだよ。そのままで、いいんだよ。
あなたは、そのままのあなたで、
ここに居ていいんだよ。

そんな場所、帰る場所があることが最高の幸せなんだと思います。

2010年11月06日

笑顔を表紙に

笑顔が印象的な人がいます。
自分もそうありたいと思います。

嬉しいときにニコッとするのはみな同じ。
そうではなく、デフォルトの顔が笑顔であること。
その人の名を聞いて、まず一番に浮かぶ顔が笑顔であること。
そこに価値があるように思います。

表紙は笑顔。
その人とのつきあいが深くなり、ページをめくってゆくにつれ、
その人にもいろいろな表情があることを知る。
怒った顔、悲しい顔、時には嫉妬や憎悪の顔など。
それが人間らしさでもある。

でも、表紙は笑顔でありたい。
初対面の人に見せる顔、
職場の同僚に朝一番に見せる顔、
そして、すれ違う見知らぬ人に見せる顔。

笑顔を表紙の顔にしたい。
でも、なかなか難しい。
それができている人はすばらしい。

笑顔は性格によるものではなく、スキルだともいいます。
毎日の努力と習慣によって身につけるもの。
また、顔の表情はその人の生きる姿勢や人生そのものが現れたもの。
だからこそ、私も笑顔を表紙にしたいと思っています。

2011年12月18日

一歩一歩

ひとつ新しいことを覚えると、
わからないことがふたつ増える。
でも、それでいい。

楽器の練習と同じかもしれない。
練習すればするほど、
自分の演奏が下手に聞こえる。
それは、手よりも先に耳が肥えるから。

そこで止めたら、それで終わり。

実は、ちょっとずつだけど進歩している。
そう信じて、
無限に増え続ける「わからないこと」を、
毎日ひとつずつ潰していく。

2013年05月08日

今日は今日のために

昨日のために今日を生きている人は、
過ぎ去った日々を振り返るために、今日を犠牲にしている。
人生が、「今日」の蓄積であるとするならば、
空白の「今日」を、ただただ積み上げているだけの空っぽの人生。

明日のために今日を生きている人は、
未来の、とある目的のために、今日を犠牲にしている。
人生が、「今日」の蓄積であるとするならば、
永遠に充実した「今日」を生きることのできない空っぽの人生。

最近の生活を振り返ってみると、
いつも明日のこと、来年のこと、その先のことばかり考えているように思います。

子どもと遊んだり、家族と一緒にご飯を食べたり、
そういった「今日」にしかできないことを、もっともっと大切にしなければ。

2013年05月13日

トミカとピノキオ

トミカのミニカー「日産マーチパトロールカー埼玉県警」を見て、気がついたこと。

パトカーのV字型の赤色灯が、屋根部分にはり付いています。
屋根と一体化して外れないようになっています。

実車は、これが屋根の上の構造物として、支柱に支えられています。
だから、パトカーのおもちゃは、たいてい屋根の上に赤色灯のパーツがくっついています。

これがすぐに外れるので、子どもが飲み込まないよう気をつけたり、
赤色灯の外れた状態のまま、あえて修理せずに遊ばせたりしていました。
そういえば、保育園にあったおもちゃのパトカーも赤色灯が外れたままでした。

トミカのミニカーは、本当にびっくりするような細かいところまで、1/60程度のスケールの中で再現しているのに、こういうところはきちんと安全を優先しています。

子どもたちがケガをするといけないからといって、ピノキオを団子っ鼻にした、ウォルト・ディズニー大先生の逸話を思い出しました。

2013年09月23日

泡くん

今年の4月。マンションの上の階に引っ越してきたAさんが、
ご挨拶にといって、薬用ミューズの電動ディスペンサー(手をかざすと石鹸が自動的に泡になって出てくる)を持っていらっしゃいました。

こういうのって、あっても使わないよねぇ、なんて妻と二人で言っていたのだけれど、
組み立ててみると、お目々なんかも付いていて、なかなか可愛い。

子どもに見せたら大喜び。
その頃、保育園から帰ってきての手洗いをイヤイヤするようになっていたのですが、
このディスペンサーを置いてから、「泡くんする~」と、自分で踏み台まで持ってきて、手洗いをするようになりました。

階段で、Aさんに会ったので、お礼を言ったら、
ベランダに小さいお子さんの服が干してあったから、これがいいかなと思って、とおっしゃいました。
さすがベテランママさん!目の付け所が違う。

そのAさん一家が、今月の頭に引っ越していかれました。
どうしたんだろうね、と話していたら、
先日、Aさんが挨拶にいらっしゃいました。

なんでも、ご自宅の建て替えのため、一時的に部屋を借りていたんだそうで、
これ使ってくださいといって手渡された茶色の紙袋には、薬用ミューズ・ディスペンサーの詰め替えボトルが入っていました。
ちょっとそこの薬局で買ってきたんだけど、っていうさりげない感じが、いいなぁ。

2013年09月25日

ネコバス

子どもが「となりのトトロ」が大好きで、よく一緒に見ています。

この作品は、所沢や狭山丘陵を舞台にしているので、作品のモデルとなった塚や森などに、子どもを連れて遊びに行ったりもします。

ところで、この作品、裏の解釈がネットでときどき話題になります。
終わりの方のシーンで、お母さんが
「今、そこの松の木で、サツキとメイが笑ったように見えたの」といっているのですが、
でも、そこにサツキやメイの姿はありません。

これをこの姉妹はもうすでに亡くなっているのだとか、トトロは死神で、ネコバスはあの世とこの世を連絡する乗り物だなどと解釈してブログに書く人がいるようです。

スタジオジブリにも問い合わせがたくさん寄せられたらしく、公式ブログで、この作品にそのような設定は全くない。最近はやりの都市伝説だとして、「裏解釈」を否定するコメントがなされています。

作品をどう解釈するかは、見る人の自由ですが、あまりにも本筋から離れた曲解をするのは、作品に接する姿勢としても、いかがなものかと思います。

ちなみに、私の解釈は以下のとおり。

サツキがネコバスに乗るちょっと前、ネコバスが大人二人の間をすり抜けたときに
「みんなには見えないんだわ」とサツキがいいます。
ネコバスは人間の大人には見えない乗り物(生き物?)なのですね。

だから、ネコバスで移動している間は、病院の松の木に腰掛けているときも含めて、お父さんやお母さん、その他大人たちには、ネコバスはもちろん、サツキとメイの姿も見えません。
そして、元の場所に戻り、ネコバスと別れてからは、大人の目にも映るようになります。再会したメイとおばあちゃんもしっかりと抱き合っていますよね。

面白いのは、犬がネコバスに吠えているシーン。
犬にはネコバスが見えるんですね。
そういえば、うちの犬も、よく窓の外に向かって吠えています。
ネコバス? 私には見えないのが残念です。

2013年10月17日

2台並べて

先日、実家に帰ったとき、子どもが実家で退屈しないようにと、父と母(私の子どもから見ればおじいちゃんとおばあちゃん)が、ミニカーを何台か買ってくれていました。

そのうちの2台が、うちにあるのと全く同じ、移動式のパン屋さんと救急車だったので、「あらら、かぶってしまったなぁ。」と、そのときは、ちょっと残念に思いました。

でも、子どもには、これが良かったようで、帰省先から戻ってからも、2台のパン屋さんをいっしょに走らせたり、2台の救急車をLEGOで作った車庫に並べたりして遊んでいます。

親がミニカーを買うときは、できるだけ色々なもので遊べるようにと、同じものを買わないようにします。だから、全く同じミニカーを2台持っていて、それを並べて遊ぶというのは、実はとっても贅沢な遊び方なのだと気づきました。

うちの子は、なぜかごみ収集車が大好き。これも、もう1台買ってあげようかな。

2014年01月20日

B面に

Music Unlimitedで、尾崎豊のアルバム「十七歳の地図」を聴いていて、
「15の夜」が終わって、すぐに「十七歳の地図」のイントロが始まることに、
ものすごく違和感を感じました。

ここはB面に裏返すとこなんだよなー。

2016年11月21日

うつくしきもの

下の子がハイハイするようになって、床に落ちているゴミかなんかをつまんで持ってきます。
「ハイ」と満面の笑みで差し出してくれるのを、「わー、ありがとう」と受け取る。これを延々と繰り返しています。

そういえば、上の子もこの子と同じくらいの年の頃、全く同じことをしていたことを思い出しました。

『枕草子』の中で清少納言が、子どもが塵などをつまんで持ってくるのがかわいいと書いています。
平安時代も今も、赤ん坊のすることは変わらないんだなぁと改めて感心しました。

『枕草子』第145段
うつくしきもの。瓜にかきたるちごの顔。雀の子のねず鳴きするにをどり来る。二つ三つばかりなるちごの、いそぎて這ひ来る道に、いと小さき塵のありけるを、目ざとに見つけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人ごとに見せたる、いとうつくし。(以下略)

About 雑感

ブログ「It's fine today!」のカテゴリ「雑感」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリは道具箱です。

次のカテゴリは食べ物飲み物です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。