私が学生だった20年ほど前のこと。
北九州市内にこんな献血ルームがありました。
入口のボードには、
「献血する人もしない人も、学校の帰りに遊びに来てね。」
待合室には高校生がいろいろなことを書き込むノートが、
大きなテレビの隣には、話題になった映画のビデオや雑誌などが置いてありました。
夕方は高校生でいっぱい。
映画を見る子、雑誌を読む子、
部活帰りにジュースを飲みに寄る子や、
違う高校に行った友達との待ち合わせに使っている子もいます。
献血もこの時間帯は順番待ち。看護師さんたち大忙し。
あなたは○日に献血したばかりだから、次は○日以降にね、
なんて説明を受けている子もいます。
元気と血液の有り余っている高校生たちが、ワイワイ集まっているところ。
そんな場所でした。
このルームが特殊だったのかもしれませんが、
東京の献血ルームに私は未だに馴染めません。
なんか暗いのです。
空気が重いのです。
たかだか数百ミリリットルの血液を抜くだけなのに、
物凄く特別のことのように感じるのです。
自分の命を懸ける覚悟で人助けに挑むというか、
そこを通る度に勇気や人間性が試されているというか、
要するに敷居が高いのです。
駅前の献血ルーム。
今日も、いつものおじさんが大きな看板を持って、悲痛な声で叫んでいます。
「A型、AB型が不足しています。
御協力お願いします。ぜひ、ぜひ~」
歩いている人はみな、おじさんと目が合わないように、
忙しいフリをして通り過ぎます。
あなたがそこに立っているから、若い人が入りづらくなるんだよ。
って教えてあげたくなるのです。